5時起き55日目、夏至の日のカノン瞑想より大切だった、子どもとの時間

5時起き55日目。
昨日は夏至だった。

夏至点の17時25分に向けて、16時半からYouTubeでカノン瞑想の生配信があった。その前に、神社へお参りに行った。

手水舎に紫陽花の花が浮かんでいた。とてもきれいだった。自分の他にも数人お参りに来ていて、子どもを連れた家族もいた。この神社に来ると、なんとなくすうっとする。嫌な気持ちにならない。歴史が古く、位が高い、と聞いたことがあり、10年くらい前から時々来るようになった。その頃はまだ、本当に気が向いた時だけだった。休みで、家で何もすることもなく、どこかへ出かけたいけれど特に行くところがなく、気持ちが沈んだ時。そんな時に足が向いていた。そして、いつも願っていた。

もう一か所、今年の恵方の南南東やや南に位置する神社にも行った。民家の間にひっそりと建っている。きれいに整えられているが、お賽銭はポストのような入り口から入れる。今年2回目だ。近くに小さな店があり、以前菖蒲と芍薬の花を買ったことがあるが、今日は閉まっていた。すぐに帰った。

せっかく外出したため、買い物へ行った。タコを食べるといい、と別のYouTubeチャンネルで言っていたので買いに行った。1か所目はなかったので、自宅近くのスーパーへ行くとあった。地元の野菜も買った。

帰宅すると16時25分だった。16時半から配信が始まり、同時に見始めた。

さとうみつろう氏が出てくると、なぜだろうか、それだけで涙が出てくる。嬉しいのか、そこに行きたかったからなのか、これから起こることを感じているからなのか。1800年代の貴重なピアノ、エラール。純正律のピアノの音が流れ始め、17時を過ぎた頃にカノン瞑想が始まった。ピアノの音を聞くだけで、涙が溢れてくる。

17時20分。子どもが来た。車のことを相談しに来た。涙も引っ込み、話をした。

1時間ほどして子どもは帰っていったが、のんびり夜を過ごしていたら、21時頃にまた来て夕食を食べていった。夏至の日に、子どもとこんなにたくさん話せて、幸せだった。夏至点より、カノン瞑想より、いつもはほとんど話さない子どもとたくさん話せたことが、何より貴重な時間だった。自分も必要とされていることを感じる。こんなに頼りない自分であっても。手放すより先に、大切なものが来てくれた気がした。

昨日は24時過ぎに寝た。昼間に少し寝ていたこともあって、早起きは辛くなかった。55日にもなると、早起きが当たり前のようになってきている。66日続けると習慣化する、と聞いたことがある。66日まで、もうすぐだ。

今日から、少しずつ太陽が出ている時間が短くなる。梅雨が明け、これから真夏へと気温が上昇するが、暦の上では秋へ向かっている。

夏至を境に、何かを手放すことで、何かを得られる、と聞いた。整理整頓、不要なもの、後回しにする癖、甘いもの。手放したい、ではなく、手放す。言い切ることで、そうなるのだ。

昨日はメルカリで不要な商品が売れた。片付けていたから、売れた。世の中は循環している。ほんの少しでもいい、1個だけでもいい。不要なものを手放し、夏至点で決めたことを実行していく。

そして、早く寝ること。大切なことを、忘れないようにしなければ。

この文章に目を止めてくださり、最後まで読んでくださった方に、感謝です。今日も、素敵な一日をお過ごしください。

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