金曜日に有給を取って、トーク&ピアノライブへ行った。
さとうみつろう氏をご存知だろうか?
純正律のピアノで奏でられる音楽を聴きながら、瞑想をする。1,900人が集まった、素晴らしい会場。天井のなんと高いこと!
ステージには純正律のピアノ、反対側には十二平均律のピアノ。現代では十二平均律が主流だという。同じ鍵盤を持つピアノでも、音の響きはまったく異なる。
トークの中で、こんな話があった。
「今、自分がここにいるのは、自分一人の力ではない。この席に座っているのも、この席を取れたのも、すべてが同時に動いているから。もし予約しようとしたその瞬間にトラブルが起きていたら、今日のこの席には座れていなかった。今のこの状態は、すべてのものが同時に動いているからこそ、存在する」と。
理解できるような、でもそんなはずはないような——まるで哲学の話のようだった。
もうひとつ、印象に残った話がある。
この世界に「無」という空間は存在しない、というのだ。分子と分子の間には空間があると思われていたが、実はそうではなかった、という。隣同士の人とは、実は肌がくっついているのだと。
実際に、席のテリトリー問題——肘置きの取り合いを「せーの」でやってみた。お互いの腕が触れるギリギリまで広げると、腕と腕はくっついている。目に見えるかたちで触れ合っていないときも、私たちはすでに触れ合っているのだ、と。
今日という日は、偶然だったのか、必然だったのか。
この出会いから、これからの暮らしに変化が生まれる人もいる。共通点が見つかり、その後の人生に大きな影響を及ぼすような出来事につながっていく可能性がある。実際にそんな出会いがあった、という。
一期一会。出会いは一度きり——でも、それは偶然ではない。自分が引き寄せているのだ。
今日一日の行動は、何かしらの影響を受けて動いている。偶然ではない。
行動が変われば、人生が変わる。
朝を制するものは、人生を制する。
人生は変えられる。
この文章に目を止めてくださり、最後まで読んでくださった方に、感謝です。 今日も、素敵な一日をお過ごしください。

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